1970年に東北大学医学部薬学科を卒業、エーザイ株式会社開発本部に入社、主に消化器系薬剤の臨床試験を担当しました。1997年にはファイザー製薬に入社し、臨床開発部長、市販後臨床統括部長などの要職を歴任。1999年には旭川医科大学にて医学博士号を取得しています。2002年には味の素ファルマ取締役研究開発部門担当に就任した後、2005年には有限会社リーベンスを設立し、取締役社長をしております。エーザイではレガレン(胆石溶解剤)、セルベックス(抗潰瘍剤)及びパリエット(抗潰瘍剤)の3剤を、臨床開発主担当者として上市させました。セルベックス、パリエットは2005年3月期の売り上げがそれぞれ230億円、1300億円という大型商品となっています。また、ファイザーではバイアグラ(勃起不全治療薬)の臨床試験を担当し、日本初のブリッジング試験を成功させ、承認を得ております。
1985年に金沢大学医学部を卒業後、京都大学医学部附属病院内科でのレジデントを経て1987年より京都大学大学院医学研究科内科系博士課程(血液腫瘍免疫学)に入学、1991年に医学博士号を取得しています。同年よりハーバード大学医学部マサチューセッツ総合病院へ留学しました。1993年帰国後プロクター&ギャンブル社の薬事臨床開発部門に勤務、ボストンコンサルティンググループのヘルスケア担当コンサルタント、エーザイ株式会社の臨床開発本部、株式会社ジャフコの海外投資部門ライフサイエンスチームを経て1999年に、シーズ・アーリーステージのライフサイエンスベンチャー投資に特化した株式会社パシフィック・リム・ベンチャーズを設立、現在に至っています。また、2004年より秋田大学客員教授(産学連携推進機構生命科学担当)を務めております。
1967年東京水産大学(現東京海洋大学)を卒業後、クレードル興農株式会社を経て、1969年東芝情報システム株式会社に入社し、医用情報システム、製造情報システム等のシステム開発および販売促進業務に携わり、2002年3月に同社を退社。2003年4月ネット販売やITコンサルを業容とするインターネットタウン株式会社を設立、現在に至っております。
1950年野村證券(株)に入社した後に、1955年明治大学商学部を卒業し、1959年には野村證券から東洋信託銀行(株)へ移籍しました。同社において、証券部、上野支店、今池支店、新宿西口支店、銀座支店、自由ヶ丘支店、総合財務相談部を経て、1996年、業務推進部・調査役を最後に定年退職、同職務内容のまま、嘱託として1998年まで勤務しました。2000年BNPパリバ信託銀行(ファースト・ヴァイス・プレジデント)を経て、2006年7月にUMNファーマの社外監査役に就任しています。
1965年大阪大学大学院薬学研究科修士課程修了後、藤沢薬品工業(現アステラス製薬)に入社、研究部門を経て、本社開発企画部、海外事業部、米国子会社駐在(4年3ヶ月)、国際開発本部勤務を歴任しました。特に、米国駐在中は藤沢USAのCEOとして様々な課題に対応しました。1996年には、日本ウエルカム(現グラクソ・スミスクライン)に入社、開発企画部長としてプロジェクトチーム制を発足させ、新製品開発の推進にあたりました。その後、パレクセル・インターナショナル、イーピーエスを経て、2008年6月までACRONET人財開発部に勤務いたしました。2008年6月に同社を退社し、医薬品研究開発コンサルティング業の奥井医薬企画の代表に就任、現在に至っております。